歴史文化

12月16日は、年に一度の秘仏ご開帳の日です。

先ずは、法華堂の執金剛神像を何回も見ました。古からの神像が伝わっていることが驚きです。

正直な感想は、写真で見るのと異なり、勢いが無いように思われました。

佛敵に向けて槍を投擲する直前に、貯め込んだ力をふっと抜かしたようなお姿に見受けました。

投擲直前は、力を一瞬逃さないと力み過ぎて、槍が目標に当たらないのでしょうか?

堂内の不空絹索観音立像は、自然に合掌するお姿で、約30分見続けてしまいました。

また俊乗堂の快慶作阿弥陀如来立像も綺麗なお姿で、極楽浄土にお導きくださるのが自然と心に入ってくる仏様でした。

この日は、一日、東大寺の境内を巡りながら様々な仏像を鑑賞しました。

帰途、「奈良は凄いな!日本は凄いな!来歴が分かる形で、こんなに仏像がたくさん残っていて」と想いました。

やや旧聞に属しますが、9月中旬に「若狭の秘仏公開」に行きました。

その中で、身震いするほどの観音様を見ました。

山深い里にある小さな庵の「正林庵」に祀ってある奈良時代後期と言われている銅造りの小さな如意輪観音です。

それが奈良中宮寺にある飛鳥時代の半跏思惟像にそっくりなのです。

この中宮寺の観音様は、古代朝鮮系の仏像と言われていますが、ここの半跏像も形や裾模様などから百済系と判断してよいのではと思いました。

古代の若狭の国は、表日本の玄関口と言われるぐらい古代の朝鮮や渤海国などの使節が上陸した国です。

この地に古代朝鮮系の仏像があっても不思議はありません。

正林庵のような山深い所にこのような観音様があるのは、ここが昔、京都東寺の荘園だったのと関係があるのかもしれません。

東寺と言えば、弘法大師にゆかりが深い大寺です。弘法大師と言えば、水銀との因縁があります。

この若狭の国も水銀伝説と産出が豊富な国です。ひょっとすれば、正林庵の地には水銀が産出していたのかもしれません。

その集団が、持っていた如意輪観音半跏像?と空想しながら帰途につきました。

いつか、正林庵周辺の水銀含有量を調べようと思いながら、・・・・・。